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コラム



No2.ワッフル

 仕事をしていて良かったと思うのは、serendipity(思わぬ掘り出しモノ)に出会ったときだ。 当たり前のことだけど、通訳・翻訳の仕事をしていると、仕事のたびに山ほど新しい単語に出会う。 hexagonal head bolt(六角穴付ボルト)だの、histrionic personality disorder(演技性人格障害)だのといった専門用語は、 事前に何十枚もの単語リストをつくって、通訳の現場で即座に訳語が口から出るようにと練習用MDまで作成して徹底的に覚えても、 仕事が終わって「お疲れ様でした」と口にした途端に、「ハイ、さよなら〜!」と頭から去っていってしまうものなのだ。もっとも、そうでなければ、 頭の中を機械や医療や観光や教育やパーティ用語が、いつまでもニョロニョロと飛び交って、日常生活にも事欠いてしまうだろう。 あー、人間が忘れる動物でよかったよー。

 そんな中、去年出会ったセレンディピティは、結構かわいい単語で、今ではすっかり自分のものになってくれている。 ある家電メーカーの仕事で、スコットランド人の営業部長の通訳をしたときだ。ふたりで商談相手の到着を待っていると、相手と面識があるらしい部長さんは言った。 「アカネサーン、You’re going to have a very hard time.(君、今から大変な思いをするよ)。」そして、きょとんとする私にこう尋ねた。 「Do you know the word “waffle”? (「ワッフル」って言葉、知ってる?)」「Sure. あの甘くてサクサクしたお菓子でしょ?」 ここで部長さんの目がいたずらっぽく笑う。「スペルは同じだけど、この場合は動詞なんだ。」

 パカッ。私は電子辞書を開いて、ロングマンの英英辞典にwaffleと打ち込んだ。

 waffle (v.)
 to talk or write, often using a lot of words, but without making any decisions or without answering a question.

 部長さんは言う。「Anyway, he’s going to “waffle”!(とにかく、この人、ワッフルするから!)」私は頭の中に、 これまでに出会ったさまざまな人たちを思い浮かべた。話してるうちにどんどんズレていく校長先生、文の始まりから「。」までが、 身をくねらせたくなるほど長い社長さん、日本語なのに思わず”Pardon?”と聞き返してしまったお役人……。 確かにニッポンのお年寄りには、この手の人が多い気がする。はっきりしてるのは、英語に訳せない!ってこと。

 ところが、目の前に現れた「彼」は、実に精悍そうな若者だった。「えっ、この人がwaffle?」ノホホンとしていられたのは、そこまでだった。 この後の私の苦しみは、筆舌に尽くしがたい。耳と口と(メモを取る)手を動かしながら、抑えても抑えてもこみあげる「腹筋の振動」と戦い続ける はめになったのだ。なんとこの人は、校長先生と社長さんとお役人の一人三役をこなす、とんでもない人物だったのだ! あれがトラウマになったのか、今でも人と話すたびに「ワッフルしてない?」と自問せずにいられない私である。



No1.魔女の予言

 翻訳の仕事をはじめて、早や10年になる。今では、これが「天職」だと思っている。 愛読している枝廣淳子さんの本によると、「天職」=自分の「好き」×「得意」×「大事なこと」――なのだという。 じゃー、やっぱりこれが私の「天職」だ。儲かってなくても天職!まだまだ未熟だけど天職!  だって、「宝くじで1億円当たったから、明日から働かなくていいよ」と言われたとしても、南の島でゴロゴロしているより翻訳をしていたい、って思うもの。 「英語で読んだとき、目の前に広がった風景を日本語で再現する」なんて、ほとんど”mission impossible”の世界。 だからこそピッタリの表現に出会えたときは「やった〜」と思えるし、うまくいかないときはヘコみながらも、「もっと勉強すればいいじゃないか」と 立ち直れる(立ち直りは、早い)。

 とはいえ、最初からこれが「天職だ」と思っていたわけではない。「天職」なんてものは、時期が来れば自然と「これだ!」とひらめくものだ、 と信じていたおめでたい私。何のひらめきも降臨もないまま大人になったときは、かなりブルーだった。 人並みに就職活動をして会社員になり、5年ほどモーレツに働いた。仕事自体は面白いのに、だんだん「これじゃない」という気持ちが強くなっていく。 今思えば、自分にとっての「大事なこと」と、あのころしていた仕事はずいぶんかけ離れたものだったなぁ。そして、結婚を機に転身をはかることにしたのだ。 遠距離恋愛だった私は、いずれにしても会社をやめなければならなかったから。

 さて、これからが大変である。アラーキーの「恋する老人たち」という写真集に感銘を受けて、「写真家になる!」と叫んでみたり、 高橋永順さんに憧れて「フラワーアーチスト」な自分を想像してみたり。そして夫から、「写真撮ったことあるか?」「花、生けたことあるの?」と聞かれて 我に返るのだ。ようやく、「好き」×「得意」――でなくてはならない、という当たり前のことに気づいたのだった。 好きで得意な「英語」を仕事にしよう、と思い立ったのはそれから間もなくのことである。一念発起して通訳学校に通い、1年後に通訳になった。 このときから、通訳業と翻訳業と英語講師、という「3足のわらじ」を履く生活が始まったのである。

 あれから10年。通訳と英語講師という2足のわらじを脱ぐ決心がついたのは、つい最近のことだ。紆余曲折を経て、目先の収入も激減だが、 「翻訳」という「天職」をようやくキャッチした私であった。ところが、だ。先日、ふと思い出して愕然とした。私が天職にたどり着く何十年も前に、 それをピタリと言い当てた人物がいたのである。「あなたは語学、文学の仕事が向いてるわ。17歳で転換期が来て外国と縁ができるでしょう。 翻訳者になるといいわね。」16歳の私を前に、きっぱりとそう言ったのは、「魔女のおまじない」という本を出している関西では著名な占い師だ。 当時はカレシができるかどうかで頭がいっぱいで、こんな予言はすっぽりと記憶から抜け落ちてしまったのだ。あ!そういえばその人は、こうも言ったのだった。 「お笑いにも向いてるわ!吉本に入ったら、一生食べていけるわよ。」 あぁ、ぜんぶ思い出すんじゃなかった!




英語裏話作者プロフィール

AKANE
奈良県生まれ。広告代理店勤務を経て、フリーの通訳・翻訳者に。
好きな作家は遠藤周作さんと梨木香歩さん。
いま興味があるのは、「ジェンダー」「ファンタジー」「環境」。 
会いたい人は、宮藤官九郎さん!